
海外中古不動産の減価償却を使って所得を圧縮する節税手法は、令和3年(2021年)分の確定申告から使えなくなっています。令和2年度税制改正で「国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例」(租税特別措置法第41条の4の3)が設けられ、簡便法で耐用年数を計算した国外中古建物の損失は「生じなかったものとみなす」ことになったためです。新規購入か既存保有かを問わず適用され、給与所得などとの損益通算はできません。海外資産は税務調査でも1件当たりの追徴税額が大きい分野なので、現行ルールと、調査で見られる書類の整合まで順に確認していきます。
海外不動産投資による節税スキームとは?
欧米では築100年を超える木造・RC建物が流通しており、日本の減価償却の「簡便法」を適用すると、非常に短い耐用年数(法定耐用年数を経過した木造:4年、RC:9年など)で建物をほぼ全額償却できます。海外中古不動産を取得して多額の減価償却費を計上し、不動産所得を意図的に赤字にして給与所得などと損益通算することで、所得税・住民税を大幅に圧縮する手法が富裕層の間で広がっていました。
会計検査院の平成27年度検査報告によると、東京都内の特定税務署管内だけで平成23年度〜25年度の3年間に337人が39億8,650万円の減価償却費を計上していたことが確認されており、制度上の課題として問題視されていました。
「簡便法」で耐用年数が短くなる仕組み
中古資産を取得したときは、法定耐用年数ではなく残りの使用可能期間で償却できます。使用可能期間を見積もるのが難しい場合に使われるのが簡便法で、法定耐用年数をすべて経過した資産であれば「法定耐用年数×20%」(1年未満は切捨て、2年未満は2年)で耐用年数を求めます。
| 建物の構造 | 法定耐用年数(住宅用) | 法定耐用年数経過後の簡便法による耐用年数 |
|---|---|---|
| 木造・合成樹脂造 | 22年 | 4年(22年×20%=4.4年→切捨て) |
| 鉄骨鉄筋コンクリート造・鉄筋コンクリート造 | 47年 | 9年(47年×20%=9.4年→切捨て) |
たとえば建物部分の価額が1億円のRC造中古住宅を取得した場合、耐用年数9年の定額法の償却率は0.112ですから、単純計算で年1,120万円の減価償却費が発生します。賃料収入がこれを下回れば不動産所得は赤字になり、改正前はその赤字を給与所得などと相殺できていた、というのがこのスキームの中身でした。
令和2年度税制改正で制度が変わった(令和3年分から適用)
令和2年度税制改正により、令和3年(2021年)分の所得税確定申告以降は「国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例」(租税特別措置法第41条の4の3)が適用されています。
改正後の現行ルール
個人が国外中古建物から不動産所得を得ている場合、次のいずれかの方法で計算した減価償却費に相当する部分の損失は「生じなかったものとみなす」とされます。
- 耐用年数を「簡便法」で算定した場合(法定耐用年数を経過した木造:4年、RC:9年など)
- 見積法を使っても、使用可能期間の年数が適切であることを証する一定の書類を添付しない場合
その結果、海外不動産の損失を国内の給与所得・事業所得等と損益通算することができません。この取扱いは保有目的にかかわらず適用されます。
令和2年分(2020年)までは損益通算が可能でしたが、既存の保有物件も含め、令和3年分(2021年)以降は改正後のルールが適用されます。
改正前後の比較
| 項目 | 改正前(令和2年分まで) | 改正後(令和3年分以降) |
|---|---|---|
| 簡便法による減価償却費の損失 | 計上・損益通算可能 | なかったものとみなす |
| 給与所得等との損益通算 | 可能 | 不可 |
| 国内不動産所得との所得内通算 | 可能 | 不可 |
| 国外不動産同士の所得内通算 | 可能 | 引き続き可能(先に相殺し、残った損失が制限対象) |
| 根拠法令 | 規定なし | 租税特別措置法第41条の4の3 |
譲渡時の注意点
「なかったものとみなされた」減価償却費は、物件を売却した際の取得費の計算では減価償却累計額から控除されます。その結果、未償却残高(=取得費)が実際より大きく残るため、譲渡所得の計算に影響します。賃貸中に切り捨てられた損失分は、売却時の取得費に反映されて譲渡益を圧縮する形になりますが、通算のタイミングが賃貸期間から売却時までずれ込むため、資金計画・納税計画への影響は小さくありません。売却を検討する際は、取得費の計算を税理士に確認しておくと安心です。
税務調査ではどこを見られるか
この改正以降、税務署は国外中古建物を保有する個人の申告を継続的にチェックしています。税務調査で確認されやすいのは、次のような点です。
- 令和3年分以降も、簡便法の減価償却費による損失を損益通算していないか(付表「国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例」の記載もれ・計算誤りが典型的な指摘対象です)
- 見積法を採用している場合、使用可能期間が適切であることを証する書類が添付されているか(書類がなければ簡便法と同様に制限対象になります)
- 国外送金・海外資産の申告状況との整合(国税庁は国外送金等調書・国外財産調書・CRS〔共通報告基準〕による情報交換を活用しており、海外の賃料収入や取得の事実は把握されやすくなっています)
海外案件は現地の契約書・賃料明細・送金記録といった資料の取り寄せに時間がかかります。調査当日にどこまで手元にそろえておくべきかは、税務調査の対応|やってはいけないことと準備する帳簿・書類を解説で整理しています。
海外取引は「1件当たりの追徴税額」が大きい
海外資産・海外取引は、国税庁が重点的に取り組んでいる分野です。国税庁「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」(2025年12月公表)によると、海外投資等を行っている個人に対する実地調査(特別・一般)は2,666件実施され、1件当たりの追徴税額は866万円でした。これは所得税の実地調査(特別・一般)全体の299万円の約2.9倍です。さらに、海外投資等を行っている富裕層に絞ると1件当たり1,595万円と、全体の約5.3倍にのぼります。

件数そのものは多くありませんが、一度対象になったときの金額のインパクトが大きいのがこの分野の特徴です。適正に申告していれば過度に恐れる必要はありません。付表の記載や添付書類、そして下記の各種調書との整合を、申告前に一度点検しておくと安心です。海外の取引先や金融機関へ裏付けの照会(反面調査)が及ぶ場面もあるため、事前通知の段階からの動き方は税務調査のトラブルと対応|事前通知・無予告・反面調査の実際も参考にしてください。
海外の資産や送金は、どこまで把握されているのか
「海外のことは税務署に分からないのでは」と考えられがちですが、実際には複数のルートで情報が集まる仕組みになっています。
| 情報のルート | 内容 | 提出する人 |
|---|---|---|
| 国外送金等調書 | 100万円を超える国外への送金・国外からの受金について、送金者・受金者の氏名や金額などを記載 | 金融機関 |
| 国外財産調書 | その年の12月31日時点で国外財産の価額の合計が5,000万円を超える居住者(非永住者を除く)が、種類・数量・価額を記載して翌年6月30日までに提出 | 本人 |
| CRS(共通報告基準) | 各国の税務当局間で非居住者の金融口座情報を自動的に交換する仕組み | 各国税務当局 |
出典:国税庁 No.7456 国外財産調書の提出義務 ほか
国外財産調書は「出すかどうか」で加算税が変わる
国外財産調書には、申告漏れが生じたときの加算税を増減させる仕組みが設けられています。海外に不動産を保有する方にとっては、実務上とくに影響が大きいポイントです。
- 提出期限内に提出され、その国外財産の記載がある場合:その国外財産に関する所得税等・相続税の申告漏れが生じても、過少申告加算税等が5%軽減されます。
- 提出期限内に提出がない、または記載がない場合:その国外財産に関する申告漏れについて、過少申告加算税等が5%加重されます。
- 国外財産に関する書類の提示・提出を求められ、期限までに応じなかった場合:加重の割合が10%になる特例措置があります。
提出義務があるのに出していなかった、という状態は、それだけでペナルティを重くする方向に働きます。年末時点の国外財産の合計額が5,000万円を超えていないかを、毎年の確定申告とあわせて確認しておきましょう。加算税や延滞税がどう積み上がるかの全体像は税務調査の対策【応用編】|交渉・不服申立て・加算税の実務にまとめています。
申告するときに整えておきたい書類
国外中古建物を保有している年の確定申告では、次の資料がそろっているかを先に点検しておくと、あとの説明が格段に楽になります。海外の資料は取り寄せに数週間かかることもあるため、申告期限の直前に慌てないことが肝心です。
- 付表「国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例」…生じなかったものとみなされる金額を計算する様式です。記載もれ・計算誤りが調査での典型的な指摘対象になります。
- 建物と土地の価額の区分が分かる資料…売買契約書、現地の鑑定評価、固定資産税評価に相当する資料など。償却費の前提そのものなので、区分の根拠は必ず残しておきます。
- 見積法を使う場合の裏付け書類…使用可能期間の年数が適切であることを証する書類です。添付がなければ簡便法と同じ扱いになります。
- 現地の賃料明細・管理会社の精算書・送金記録…収入の計上時期と金額、国外送金等調書との整合を説明するための資料です。
- 外国所得税を納めている場合は現地の納税証明…外国税額控除を適用するなら、納付を示す資料が前提になります。
引き続き検討できる対応策
個人が国外中古建物の損益通算で節税することは難しくなりましたが、次の方法は改正の直接の対象外です。適法性や個別要件は事案ごとに判断が分かれるため、実行前に税理士へ確認してください。
- 国外不動産同士の所得内通算:複数の国外不動産を保有している場合、国外中古建物の損失はまず他の国外不動産の所得と相殺され、その範囲では通算が認められています(相殺しきれなかった残りの損失が制限対象になります)。
- 法人を通じた保有:今回の改正は個人の所得税に対する規制で、法人は特例の対象外です。法人が保有する国外中古建物は簡便法による減価償却費を引き続き損金算入できますが、法人設立・維持のコストや別途の税務上の論点があるため、総合的な判断が必要です。
- 5年超保有後の売却:長期譲渡所得(保有5年超)の税率(所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%=合計20.315%)を前提に、純粋な投資目的での長期保有も選択肢のひとつです。
よくある質問(FAQ)
Q. 既に保有している海外不動産にも改正は影響しますか?
A. はい。本改正は新規購入・既存保有を問わず、令和3年(2021年)分の確定申告以降に適用されます。令和2年分(2020年)までは損益通算が可能でしたが、令和3年分以降は既存の保有物件についても損益通算が制限されます。
Q. 2021年より前に損益通算していた分は、あとから否認されますか?
A. 本特例が適用されるのは令和3年(2021年)分以降です。改正前のルールに従って令和2年分までに適正に損益通算していた分が、改正を理由にさかのぼって否認されることはありません。ただし、当時の申告そのものに誤りがあった場合は、通常どおり修正申告・更正の対象になり得ます。
Q. 見積法で耐用年数を計算すれば問題ないですか?
A. 見積法を採用した場合でも、使用可能期間の年数が適切であることを証する一定の書類の添付がない場合は改正の対象となります(措置法第41条の4の3第2項)。どのような資料が裏付けになるかは物件ごとに異なるため、取得時から根拠を残しておくことが大切です。
Q. 海外不動産を持っていると、国外財産調書は必ず提出が必要ですか?
A. 必ずではありません。提出義務があるのは、居住者(非永住者を除く)で、その年の12月31日時点の国外財産の価額の合計が5,000万円を超える方です。海外不動産だけでなく、海外の預金・有価証券なども合計して判定します。提出期限は翌年の6月30日です。
Q. 海外に新築した建物も、この特例の対象になりますか?
A. この特例の対象は「国外中古建物」=個人が取得した中古の建物です。新築で取得した国外建物は法定耐用年数で償却するため、簡便法による短縮が起こらず、本特例の対象にはなりません。ただし、その国外建物から生じた損失の扱いは、他の不動産所得と同じ一般のルールに従って判定します。
Q. 今後、海外不動産投資は意味がないですか?
A. 「減価償却を使った損益通算による節税」を主目的にした手法は実質的に封じられましたが、現地の賃料収入・値上がり益を目的とした純粋な投資は引き続き行われています。節税ありきではなく、投資として実際の価値があるかどうかを慎重に判断することが重要です。
制度の詳細は国税庁タックスアンサーNo.1391(不動産所得が赤字のときの他の所得との通算)や、個別の判断は国際税務に詳しい税理士にご確認ください。


シンプルに所得が高いだけでなく、芸能人が狙われることには理由がある。
■課税部資料調査課(通称:リョウチョウ)が著名人、重要人物を個別に長期間にわたり情報を収集している
■確定申告書制度の性質上、著名人等の脱税検挙は一定の効力がある(有名人の脱税はニュース性があり、納税意識が高まる効果がある)
■増差所得が大きい場合が多い
会見などで芸能人やスポーツ選手のコメントとして多いのは「顧問税理士に任せてました」
でした。真実は不明ですがどちらにせよ納税者として責任に丸投げはできない。