クリニック・医療法人の税務調査|令和6事務年度データと最新の備え

クリニックの事務室で帳簿と書類を整えて税務調査に備えるイメージ

クリニック・病院・医療法人・歯科医院・開業医と聞くと、公的な医療というイメージから「税務調査とは無縁」と考える方も少なくありません。しかし実態は異なります。令和6事務年度(令和7年12月公表)の国税庁データでは、眼科医が1件当たりの申告漏れ所得金額で全業種2位(3,894万円)に初めてランクインしました。医業は依然として税務調査のターゲットになりやすい職種です。

本記事では、税務調査の現場を知る立場から、医療機関が税務調査の対象となりやすい理由・最新の統計・指摘を受けやすいポイント・事前の備えまでを順を追って解説します。2026年10月にはインボイスの経過措置も切り替わりますので、その実務対応もあわせて整理しました。過度に恐れる必要はありませんが、正しく備えておくことが不安の解消につながります。

ドクターにも税務調査は入る?

保険診療報酬を主体とする開業医・医療法人は、お金の流れが明確で税務調査とは無縁というイメージがあります。しかし実際には、調査の対象となりやすい職種の1つです。

以前から医業は「1件当たりの申告漏れ所得金額が高額な上位10業種」に繰り返し登場してきました。たとえば平成24事務年度の国税庁統計では産婦人科医が1位、内科医が7位に入り、産婦人科医の1件当たり追徴税額は1,300万円にのぼりました。

令和5事務年度(令和6年11月公表)では医業は上位10業種の圏外となり、1位は経営コンサルタント(1件当たり申告漏れ所得3,871万円)でした。しかし直近の令和6事務年度(令和7年12月公表)では眼科医が圏外から一気に全業種2位(1件当たり申告漏れ所得3,894万円)に浮上しています。1位はキャバクラなどの接待飲食店(4,164万円)でした。医業の税務調査リスクは、依然として高い水準にあると言えます。

令和6事務年度の上位3業種:1位接待飲食店等4,164万円、2位眼科医3,894万円、3位ホステス・ホスト2,968万円
眼科医が前年度圏外から一気に第2位に浮上。医業は引き続き税務調査の対象になりやすい業種です。

統計からみる開業医・医療法人の税務調査の変遷

国税庁が公開している統計によると、医業に対する調査は次のような推移をたどってきました。

  • 平成16事務年度(2004年):整形外科が2位にランクイン
  • 平成17事務年度(2005年):病院が1位にランクイン
  • 平成23事務年度(2011年):整形外科が5位
  • 平成24事務年度(2012年):産婦人科医が1位、内科医が7位(産婦人科医の1件当たり追徴1,300万円)
  • 令和5事務年度(令和6年11月公表):医業は10位圏外。1位は経営コンサルタント(3,871万円)
  • 令和6事務年度(令和7年12月公表):眼科医が全業種2位(3,894万円)に急浮上(3位はホステス・ホスト2,968万円、4位は経営コンサルタント2,734万円)

医業は一定の周期でランキング上位に登場するパターンが続いています。また近年は国税庁がAIを活用した調査対象の選定を本格化させており、令和6事務年度の所得税の追徴税額総額は過去最高の1,431億円に達しました。調査精度が高まっているため、申告内容の不備が以前より発見されやすくなっている点に注意が必要です。

開業医・医療法人に税務調査が入る頻度は?

開業医・医療法人に対する調査件数は公開されていませんが、おおむね数年〜10年に1度の周期で入るケースが多いとされています。所得税全体の実地調査率(実調率)が1〜数%程度であることを踏まえると、入りやすい部類といえます。

また、過去の税務調査で申告漏れ等の指摘があった場合には、より高い確率かつ短い期間で次の税務調査が入るケースが想定されます。前回の調査で指摘を受けている開業医・医療法人は、次回の調査に早めに備えるため、税理士と事前に相談しておくことが大切です。

なお、近年はAI活用による調査対象の選定が進んでいるため、統計的な「周期」だけでなく、申告データの客観的な分析にもとづいて対象が選定される傾向が強まっています。

開業医・医療法人はなぜ狙われるのか?

保険診療報酬が主な開業医・医療法人は、比較的お金の流れがわかりやすい業種です。一方で、以下のような項目が申告漏れとして指摘されやすい傾向があります。

自由診療・保険外収入の申告漏れ

健康診断・美容治療・予防接種・人間ドックなどの自由診療は保険外収入となるため、保険診療報酬とは管理体系が異なります。現金での受け取りが多くなりやすく、申告漏れが発生しやすい項目として税務調査官から注目されています。

学会費・交際費の取り扱い

学会への参加や研究活動が多い医師・歯科医師は、交際費・旅費の取り扱いが指摘の多い箇所です。事業に関わる飲食費等については「誰と・何のために行ったか」を領収書等に記録しておくことが重要です。個人的な旅行や会食との区別が曖昧だと、税務調査で否認されるケースがあります。

医療器具・サプリメント等の物販(OTC)

院内で医療器具やサプリメントの物販(OTC)を行っている場合も、申告漏れに注意が必要です。物販収入は診療報酬とは別の売上として、適切に計上する必要があります。

個人的な費用の経費計上

課税所得が高い開業医・医療法人では、個人的な費用(旅行・衣服・自宅関連費用など)を事業経費に計上してしまうケースが見受けられます。「業務に必要である」ことを合理的に説明できる記録・証拠を残しておくことが大切です。

医師特有の「概算経費の特例(措置法26条)」と税務調査

医療機関の税務調査を理解するうえで欠かせないのが、医師・歯科医師にだけ認められた概算経費の特例です。個人の開業医は租税特別措置法第26条、医療法人は同法第67条により、実際にかかった経費の額にかかわらず、社会保険診療報酬について一定の速算式で計算した「概算経費」を必要経費とすることができます。

適用できるのは、その年の社会保険診療報酬が5,000万円以下、かつ医業・歯科医業から生ずる総収入金額が7,000万円以下の場合です(いずれか一方でも超えると適用できません)。概算経費率は社会保険診療報酬の額に応じて段階的に定められており、たとえば「2,500万円以下は72%」「3,000万円超4,000万円以下は62%+290万円」「4,000万円超5,000万円以下は57%+490万円」といった速算式が用いられます。

この特例があるため、税務調査官は次のような点を重点的に確認します。

  • 社会保険診療報酬が5,000万円ラインを正しく区分できているか(窓口負担分も社会保険診療に含めて判定します)
  • 自由診療も含めた総収入が7,000万円を超えていないか(超えると特例は使えません)
  • 保険診療と自由診療で共通してかかる経費の按分が合理的か(概算経費の対象は社会保険診療に対応する経費のみで、自由診療分は実額計算が必要です)

収入区分や経費按分の考え方が曖昧なまま特例を適用していると、調査で否認され追徴につながることがあります。適用の可否や有利・不利の判断は毎年変わり得るため、月次で収入を確認し、税理士と方針を共有しておくと安心です。

2026年10月に切り替わるインボイスの経過措置と医院の実務

医療機関の消費税は少し特殊です。社会保険診療は消費税が非課税のため、課税売上になるのは自由診療・健診の受託・物販(OTC)・テナント賃貸などに限られます。それでも、これらの課税売上について本則課税(一般課税)で消費税を申告している医院にとって、2026年(令和8年)10月1日からのインボイス経過措置の見直しは、仕入税額控除の額に直接はね返ってきます。

インボイス発行事業者以外の相手(免税事業者など)からの課税仕入れは、本来は仕入税額控除の対象になりません。ただし急激な負担増を避けるため、一定割合を控除できる経過措置が置かれています。令和8年度税制改正で、この経過措置は適用期限が2年延長されたうえで、控除できる割合が次のとおり見直されました(国税庁「令和8年度税制改正特集」・2026年8月時点)。

期間控除できる割合ポイント
令和5年10月1日〜令和8年9月30日80%現在適用されている割合
令和8年10月1日〜令和10年9月30日70%令和8年度税制改正で新設された段階
令和10年10月1日〜令和12年9月30日50%2年間
令和12年10月1日〜令和13年9月30日30%1年間
令和13年10月1日以後0%(控除不可)経過措置は終了

改正前は令和8年10月から一気に50%へ下がる予定でしたが、70%という段階が設けられ、引き下げが緩やかになりました。あわせて、同一の相手からの課税仕入れの合計額(税込)がその年または事業年度で1億円を超える場合、超えた部分にはこの経過措置を適用できません(改正前は10億円。令和8年10月1日以後に開始する課税期間から適用)。一般的な医院で問題になる金額ではありませんが、大型の医療法人では確認しておきたい点です。

医院の支払先で相手が免税事業者になりやすいのは、個人経営の歯科技工所、フリーランスの清掃・送迎スタッフ、個人で活動する講師やカメラマン、小規模な修繕業者などです。こうした取引が多い医院ほど、10月以降の負担増が読みにくくなります。まずは取引先ごとに登録の有無を洗い出し、影響額を試算しておきましょう。

そして税務調査で問われやすいのは、控除割合そのものよりも「帳簿の記載」です。経過措置を使うには、区分記載請求書等と同様の内容が記載された請求書等の保存に加えて、帳簿に「経過措置の適用を受ける課税仕入れである旨」(現在は「80%控除対象」など)を記載しておく必要があります。2026年10月以降の取引はこの表示が「70%控除対象」に変わるため、会計ソフトの税区分設定と帳簿の記載方法を9月中に見直しておくことをおすすめします。記載漏れは控除の否認に直結します。

なお、免税事業者の医院や、簡易課税制度を選んでいる医院には、この経過措置の影響はありません(実際の仕入れから控除額を計算しないため)。また、税込1万円未満の課税仕入れについてインボイスの保存がなくても帳簿の保存だけで控除できる「少額特例」(基準期間の課税売上高1億円以下などの要件あり)は、令和11年9月30日までとされています。

売り手側の話も1点補足します。インボイス登録をきっかけに免税事業者から課税事業者になった個人の開業医が使ってきた「2割特例」は、令和8年9月30日が属する課税期間(個人事業者は令和8年分)までで終わります。その後については、基準期間の課税売上高が1,000万円以下であるなどの要件を満たす個人事業者に限り、令和9年分・令和10年分の申告で納付税額を売上税額の3割にできる「3割特例」が新設されました(医療法人などの法人は対象外です)。

税務調査に備えて何をすれば良いか

日頃の会計記録と申告内容の適切な管理が、最も効果的な対策です。特に意識しておきたいポイントを整理します。

  • 保険診療と自由診療の収入を明確に区分して記録する(現金収入の日次管理を徹底し、概算経費特例の判定にも備える)
  • 交際費・学会費・旅費の目的・参加者を記録する(日時・場所・出席者・目的をメモ)
  • 個人的費用と業務費用の按分基準を明確にしておく(自宅兼院・車両など)
  • インボイスの登録状況と帳簿記載を取引先ごとに点検する(2026年10月からの70%控除への切り替えに向けて、税区分設定と帳簿の表示を確認)
  • 帳簿・領収書等の証拠書類を保存する(法人は原則7年間、青色欠損金が生じた事業年度は10年間。個人の青色申告では帳簿7年・書類は種類により5年または7年。偽りその他不正の行為が疑われる場合は最大7年さかのぼって調査されます)

準備する間もなく税務調査の連絡が来てしまった場合には、税務調査に詳しい税理士へ早めに相談し、対応策を検討することが重要です。

申告漏れを指摘されたときのペナルティ早見表

税務調査で申告漏れが認められた場合、不足していた本税に加えて、性質の異なる複数のペナルティが課される可能性があります。主な加算税・延滞税の税率を整理すると次のとおりです。

種類税率(本税に対して)ポイント
過少申告加算税原則10%
(期限内申告税額と50万円のいずれか多い額を超える部分は15%)
調査の通知前に自主的に修正申告すれば不適用
無申告加算税原則15%
(50万円超の部分20%・300万円超の部分30%)
期限内に申告しなかった場合。自主的な期限後申告は軽減あり
重加算税過少申告に代えて35%
無申告に代えて40%
隠蔽・仮装があった場合。短期間に繰り返すとさらに10%加重
延滞税(令和8年/2026年)納期限の翌日から2か月以内は年2.8%
2か月経過後は年9.1%
納付が遅れたことへの利息。税率は毎年見直される

重加算税や延滞税が重なると、追徴税額は大きく膨らみます。延滞税の割合は市中金利に連動して毎年改定されます(令和8年分は2026年8月時点で国税庁サイトにて確認)。最新の割合は国税庁サイトでご確認ください。申告内容に不安がある場合は、早めに税務調査対策の専門家(税理士)に相談されることをお勧めします。

よくある質問(FAQ)

Q1. 税務調査の事前通知はありますか?何日前に連絡が来ますか?

原則として、税務調査は電話等で事前通知が行われます。一般的に調査日の1〜2週間前に連絡が来るケースが多いとされています。通知では、調査日程・調査対象年度・担当調査官の氏名などが伝えられます。

なお、不正が強く疑われる場合や証拠隠滅のおそれがある場合には、事前通知なしの「無予告調査」が実施されることもあります(国税通則法第74条の10の規定による例外)。

Q2. 調査官から電話が来たら、日程を変更することはできますか?

正当な理由があれば、日程変更の申し出は可能です。税理士の同席準備や帳簿整理のための合理的な期間として、1〜2週間程度の変更は認められるケースが多いです。

ただし、変更を繰り返すと調査への非協力とみなされる場合がありますので、顧問税理士と相談のうえ誠実に対応することが重要です。

Q3. 申告漏れを指摘された場合、どのようなペナルティがかかりますか?

申告漏れが認められた場合には、不足税額(本税)に加えて、上の「ペナルティ早見表」のとおり過少申告加算税・無申告加算税・重加算税・延滞税が課される可能性があります。特に隠蔽・仮装があると判断されると重加算税(35〜40%)が課され、負担が大幅に重くなります。申告内容に不安がある場合には、早めに税理士へ相談されることをお勧めします。

Q4. 医療法人と個人の開業医で、税務調査の観点は変わりますか?

基本的な確認事項(収入計上のもれ・経費の妥当性・自由診療の管理など)は共通ですが、法人特有の論点が加わります。医療法人では理事長・役員への役員報酬や退職金が適正か、MS法人(メディカルサービス法人)との取引価格が妥当かなどが確認されやすい項目です。個人の開業医では、事業用と家事用の経費按分や、上記の概算経費特例(措置法26条)の適用が論点になります。いずれも「事実にもとづき合理的に説明できる記録」を残しておくことが大切です。

Q5. 概算経費の特例(措置法26条)は税務調査で否認されることがありますか?

要件(社会保険診療報酬5,000万円以下かつ総収入7,000万円以下)を満たし、収入区分と経費按分が適切であれば、適用が否認されることは基本的にありません。一方で、自由診療収入を含めた総収入が7,000万円を超えているのに特例を使っていた、共通経費の按分が不合理だった、といったケースでは否認され追徴となる可能性があります。5,000万円・7,000万円のラインが近い医院ほど、年内に収入状況を確認しておくと安心です。

Q6. 保険診療しか行っていない医院でも、2026年10月のインボイスの変更に備える必要はありますか?

課税売上がまったくなく免税事業者である医院、または簡易課税制度を選んでいる医院であれば、控除割合の変更による直接の影響はありません。一方で、健診の受託・予防接種・物販・テナント賃貸などで課税売上があり、本則課税で申告している医院は影響を受けます。まずは自院の消費税の申告方法(免税・簡易課税・本則課税)を確認し、本則課税であれば取引先の登録状況と帳簿の記載方法を点検してください。判断に迷う場合は、9月中に顧問税理士へ確認しておくと安心です。

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